2011.03.09
イエメンの海外安全情報をのぞいたところ、真っ赤になっていた。
危険度1レベル(薄黄色)だったソコトラ島すら退避勧告になっている。
こうなれば旅行会社のツアーも催行されない。
そしてビザもおりない。国に入れない。
「報道はオーバーだ。イエメンは安全な所だよ、日本に帰ったら皆にそう伝えてくれ」そう言っていたイエメン人たちは嘆いていることだろう。
現地にいる知人の日本人に連絡を取ってみると、イエメンの地方では反政府派のデモの数が多くなってきて、少しずつ反政府派が増えているようです。
首都サナアでは数千人の反政府派がサナア大学周辺に集結し、治安部隊がその周りをガード。政府派がタハリール広場に集結しているとか。
でもそれは限定した地域で、サナアは平穏、通常業務も行われているらしい。
その風景は手の取るように分かります。
イエメン南部の町などで何故デモが多いかと言うと、1990年に北イエメンが南イエメンを合併し、南イエメンの人々が北イエメンへの不満を蓄積、現政府への不満が元々高かったからです。
再度独立を望む運動が今回のデモの流れを受け拡大化したようです。
実際サナアでは反政府派はごく一部で、政府を指示する人の方が多かったです。
「大統領を愛している」そう熱く語るイエメン人も少なくありませんでした。
しかし、いくら安全なサナアと言っても、外務省から退避勧告が出されたので、イエメン在住の日本人も明日10日より徐々にドバイなどへ退避させられるようです。
最終的には大使館員が数名残るだけになるとか。
いつまでこの状況が続くのか。
アラブ人の中では気性がおとなしいイエメン人が、他国にどこまで影響されるのでしょう・・・
2011.03.05
飲み物編に続きイエメンでの食事について。
長いですが根気良くお付き合いください。
一足早くイエメン入りしていた松尾さん(私じゃない)がごり押し?していたサルタ。
さてどんな料理なのかと早速注文。
ふむ、ぐつぐつと美味しそうな(その時の気温は30度以上)…
熱い、暑いが、確かにウマイ。
野菜やお肉、卵のカレー煮込みといったところか。
秘訣は中に入っているオクラにある。
日本にしかないと思っていたオクラだが原産地はアフリカ北東部なんだそうだ。
このオクラが姿が見えないくらい煮込まれ、いい具合のとろみを付けている。
そして何とも栄養満点。
栄養が偏りがちな旅でありがたい料理だ。
ちなみに160円くらい。
もう一つ絶品だったのがイエメン風ホブス(パン)。
アラビア圏で必ず見かけるホブスだが、イエメンのは特大。
小麦粉を水でこねた物を、油を使い何玉も一緒に潰す。
そしてピッツァ生地のように回しながら、うすーく伸ばしていく。その仕事神業。
あとは窯で焼く。
出てきたのがこれ。
油を使っているので表面はパリパリ。
しかししっとりのところもあり、個人的にはこのしっとり部分を集中的に食べていました(だって一枚全部は食べきれないほどの大きさ)。
一枚約40円。
経済的でお腹一杯になってしかも美味しい。
朝ごはんや車での移動時で食べていました。
ハチミツたらしてくるくる巻いて食べるとまるでクレープのようで激ウマ☆
レストランなどでホブスを頼むと、お皿もないテーブルにまるで食べ物ではないかのように放られ出てきます。
フランスパン以上に散らかるので食べた後はテーブルがわや。
でもイエメン人はそんなこと気にしない。と言うか散らかるのが当たり前なんでしょう。
他の物を食べる時もご飯粒こぼしまくってます。
手で食べるとそうなるよなぁ…
とある日の昼食。
食事するお店も見当たらない小さな村で、私のドライバーと護衛(カラシニコフを持った警官)は売店に入り何やら交渉。
出てきたのはただのご飯。
そして商品棚に並ぶツナ缶を開けご飯にぶっかける。
なんと豪快で質素な昼食…
お前も食べろと言われたので頂いた。これが結構美味しかったんだけどね。
さて海の見える町に到着。
海だよー新鮮な魚を食べなくちゃ!
と食欲もないのに無理やり注文。
人のテーブル見て「あれくれ」と頼んだ一品はサイと呼ばれる魚の炭火焼料理。
何だろ、この魚。
もそもそする…あんま美味しくない。
一路ソコトラ島へ。
ここでのドライバーはなんだかやる気のない兄ちゃん。
私をあるビーチまで連れて行くと昼寝を始めた。
ビーチの住人に昼食を頼んでいたけどいっこうに出てこない。
寝るドライバー、姿を消したビーチの住人…こりゃ私も寝るしかない。
と真っ青な海を目の前に真っ白な砂浜でお昼寝。
そうしているうちに住人が諦めていた昼食を持って来た。
まるでカレー。味もカレー。
普通の味だったけど、外で食べるとやっぱ美味しい。
夕食は島だけに魚。
嫌な予感…
うん、もそもそだ。
イエメンで魚はもういいな…
ソコトラ島から首都サナアに戻り、今度は1週間に渡り車をチャーターし、イエメン南部と西部を攻めることに。
ドライバーは前も登場したムハンマド。
彼はチキンが大好きで、昼食は何でもいいよと言うと必ず鶏の丸焼きがぐるぐる回っているお店に連れて行かれる。
チキン高っ!
別に驚くようなウマさでもないのに日本並みにする。
フライドチキン。320円…
もう要らないです。
内陸をずっと周っていて再び海の見える町に到着。
早朝、ムハンマドは私を漁港へ連れて行き魚を購入。
その魚を持って港外にあるレストランへ。
これ料理してくれと頼み出てきたのがこれ。
これも炭火焼。
そしてまたもそもそしていた。
それより朝一からこの食事は濃かった。ムハンマドがおごってくれたけど。
この日の昼食、伝統的なイエメン料理を食べたいと言うとフルコースが出てきてしまった。
食べきれないー。
けど美味しかった。
辛過ぎず、濃すぎず、だいたいどの料理も日本人の口に合うと思います。
でもやっぱ一番美味しいのはサルタだね。
やっと山岳部に入り寒くなったので注文する気になりました。
アルマフウィートという崖の上にある天空都市でサルタ屋に行く。
これ、イエメンで食べたサルタでNo.1でした。
ジュワーーーという音と共に出てきたあっつあつのサルタ。
付いてくるスープをぶち込みホブスですくいながら食べます。
何だこれはめちゃくちゃ美味しいではないか!
シェフに会わせろとキッチンに侵入。
ゴォォォーとすごい火力で調理されるサルタ。
キッチンは戦場。
フロアの窓口から店員がキッチンスタッフに向け
「お前早くしやがれっ!」
と言わんばかりに(予測)怒鳴り声を上げている。
活気があっていいねぇ。
残りの日々サルタonlyでいこうと決心した私。
完全にはまりました。
暑かろうが昼真っからサルタを食べまくりました☆
2011.03.03
彩の乏しい砂漠地帯の後だけに、ムカッラの真っ青な海と白い家々は眩しい。
しかし暑さは砂漠以上?なくらいに日中はかなりの猛暑。
これで冬とは恐るべし…
暑いのが苦手な私はフルーツジュースを飲んでホテルでぐったり。
ぐったりと言うか、夕方の撮影に備えていました。
日が沈みだした頃、狙いをつけていたムカッラ運河に出掛けました。
現地人も夕涼みに海沿いの遊歩道に集まり始め、思いのほか賑やか。
遊歩道の青空カフェでお茶したり、漁の準備で舟に乗り込んだり。子供たちはサッカーしたり、船着場で遊んだり。
これすべて男たち。女の人はほとんど見かけなかった。
イスラム圏だから暗くなると女の人を見かけなくなるのは分かってたけど、本当男たちだけ楽しんでるよな~
時間が経つにつれその数は増え、大賑わい。
私も彼らのように青空カフェでお茶することに。
現地人がよく飲んでいるものを試しに注文。
以前にも書いたけど
レモネード。激ウマ。
暮れゆく海を見ながら最高のひと時。
と、ここで町のモスクからアザーンが流れ始める。
大音量で町中に「礼拝の時間ですよ~(そんなことは言ってないけど)」とお知らせ。
そうか、18時だ。
男たちはぞろぞろと遊歩道を後にモスクへ向かう。大人も子供もみーんな。
モスクへ続く男たちの群れ。
遊歩道の青空カフェは椅子を納め始め一時閉店のご様子。
あんだけ賑やかだったのに数分でここまで人っ子一人いなくなるとは…
閉店だろうが気にせずしばらくお茶していると、礼拝が終わったのか、再び人が集まり始めた。
辺りは一気に暗くなり、ムカッラ運河第二章の始まり。
男たちは夜の営業を始めた青空…暗闇カフェで四角いボードを囲みドミノというゲームを始めた。
あっちでもこっちでもドミノばっか。
しかしイエメンの男たちはよく笑う。
ほんと楽しそうで、笑っている彼らを撮っていると自然に私も笑っている。
大盛り上がり。
テーブルの周りには人が集まり、みんな一緒に笑っていた。
私も久しぶりに声をあげて大笑いした。
ムカッラはこの思い出に尽きる。