Photo Blog ブログ

横川で飲むなら

2010.05.24

私のテリトリーである横川に新しいBarが出来ました♪

Bar Off time 

off-time 

   
私が毎週通っているブラドールで働いていた松本さんが出したお店です。
まだ今月の8日にオープンしたばかりなので店内には新しいヒノキの匂いがします。
何だかウイスキー飲んだら美味しそう♪って思いました。
そして、高架下にあるため電車が通る度ガタンガタンと素敵なBGMが流れますw

ここまでお酒の種類が多いBarは横川では珍しいと思います。
何だか最近横川が活性化されてきていいな~
広島駅の隣の駅なのに横川は昔から活気がなかったからなぁ。
こういう若者が来るBarとか出来たら皆足を運ぶかもね。

町とは違ってしっとり静かに、より地元を愛しながらお酒が飲めると思います。
町より安いし♪
私も帰り道なので一杯飲みにふら~っと寄ります。
その時はよろしく松本さん(あまりわがまま言わないのでw)。

Bar Off time
広島市西区横川町3丁目1-34
082-238-6941
MAP

   

ナツヅタに覆われた島

2010.05.21

日曜日に行った山口の笠佐島についてまとめてみました。

ナツヅタに覆われた島

kasasa-3

   
ふと、「あ、今回は島にカメラを持って行ってみよう」と思いつき、
それでもいつものようにの~んびり島で過ごそうと思っていたけど…
ある90歳のおばあちゃんに出会い、島の話を聞き、私の心に火がついた!
朝から夕方の帰りの船が出るぎりぎりまで写真を撮って、話を聞いては机を借りて紙にがりがり書き留めました。
前の日から寝ずに島へ行き、昼寝しようと思っていたのに結局夢中になって30時間フル稼働。

心温まるような、でも切ないお話。
なぜ島がナツヅタに覆われてしまうのか…よかったら読んでみてください。

ナツヅタに覆われた島

kasasa-2

      

山口の離島へ

2010.05.19

過去何回も行ったことがある島ですが、今回じっくり写真を撮ってみることにしました。
島の名前は“笠佐島”。
人口わずか13人(常時住んでいるのは5人)の小さな島です。

島には商店も自動販売機もなく、お金の使いようもありません。
あるのはのどかな海とうっそうとした森。
島の奥へ進んだことがありますが、私が普段行ってる世界の辺境よりワイルドでした。
大自然=虫!!!
悲鳴が耐えません…

  
昔栄えていた島は今はその面影もなく寂れてしまいました。
ナツヅタの這った民家やトラックなどの農業機械があちこちに見られます。
若者は去り、島には老人しかいません。

今回写真を撮りながらじっくり話を聞き歩きました。
なんだか寂しい気持ちのような、島を愛する人たちに触れて感動したような、心に響くものがありました。
詳しくは改めて書くとして、まずは写真をアップします。

2010.5 取り残された離島・笠佐島

kasasa

       

青海地震から1ヶ月

2010.05.14

2,000人を超える死者を出した青海地震から今日14日で1ヶ月経ちました。
被災者の生活は大きく改善するに至っておらず、「家もなく、食べ物も足りない」と窮状を訴える声が引き続き上がっているようです。
被災地の玉樹は標高が4,000m近くあり、夏頃でも夜は凍えた覚えがあります。雪も降るほどです。そんな中テントすらなく多くの人々が風雨にさらされ、その上十分な食料もなく苦しんでいるかと思うとやりきれない気持ちになります。

jyekundo_map

  
今回の地震では、中国全土から50億元(約690億円)を超える寄付が寄せられたようです。しかし、その復興資金も政府関連の建物の建設に多くが割り当てられ、被災者の為に使われているのはごくわずかのようです。

地元中国紙で書かれた犠牲者の遺族に8,000元(約11万円)、生き延びた被災者には800元(約1万円)の見舞金が出るという話も、未だ誰一人一銭も受け取っていない状況らしいです。
被災者に支給されているのは住宅や収入源を失った生活困難者に毎日10元(約138円)と500gの食料。これにもばらつきがあるようです。

   
玉樹の寒さは厳しく仮設テントでは冬を越せません。
住民の間では冬までに住居の再建が間に合うのか不安が募っているようです。
そんな中で現地に到着した人民解放軍兵士が救援する優先順位は、駐屯地、官公庁、中国人公務員の宿舎。
報道のカメラが回っている時だけ必死に救助活動をし、報道陣がいなくなると作業を止めるという話もあります。

被災者の支えになった僧侶たちを被災地から追い出し、医療チームに撤退を指示。さらには民間NGOの入域禁止や直接資金援助も妨害しました。
何がしたいのかさっぱり分かりません。

   
上海万博開催で世界が注目している中、僧侶たちが犠牲者を救助する姿や、チベット人自身が行っている救援活動にメディアの焦点を置かないようしています。アピールしたいのは自国が行う募金活動。
嘘だらけの中国。自分を良く見せて都合の悪いことは隠す。国営メディアが伝える救援と再建活動は実態とはかけ離れています。

中国が4,300億円をかけて開催した万博のテーマは「より良い都市・より良い生活」。
本当にふざけるなと言いたいです。
その一部の予算でもいから被災者や救援に回してほしいです。

政府は寄付金も使って「3年以内」の完全復興を進める方針らしいですが、こういう国が表向きに出す方針や計画が適切に実行されることを願います。
被災者の救援、災害復興が一刻も早く進みますように。

    

風と氷河の大地 パタゴニア

2010.05.13

南米大陸最南端のパタゴニア。
この頃は南米縦断を始めて2ヶ月経っていました。
お金も体力も余裕のない状態。

毎日毎日国立公園に出向いては寒々しい大地を一人とぼとぼ歩き、パタゴニアの強風に吹かれていました。
その風の威力に足が前に出ず、後退するほどでした。
追い風の時は上り坂も風の力でぐんぐん登れましたが、勢いがすご過ぎて足の方が付いていかずこけそうになったり…。

日本からは地球上一番遠い所。ひと気もなく風の音しかしない。
「とうとうここまで来たか。」としみじみ…内では悠長にそう思っていましたが、外では地面にしがみ付き必死でしたw。

2004.11 風の国パタゴニア

patagonia

   
パタゴニアはアルゼンチンとチリに跨るエリアで、この時私は両国を行ったり来たりしていました。
南米縦断も終えて、さてこの後はどこに行こうか…。
そんなことを思いながら世界最南端の都市ウシュアイアの港を散策していたら、南極行きのフェリーを発見!
ここから南極まではわずか1000km、行きたい!行きたいけどお金がないっ。
ウシュアイアから南極行きの船は約30万円。
せっかくここまで来たのに…でも仕方ないよね。乗ってしまいたい衝動を押さえ断念しました。
それでやけになったのかどこか遠くに行きたくて(十分遠いけど)、所持金をすべて使い果たして太平洋の孤島イースター島に行くことにしました。
(イースター島へはサンティアゴから10万円で行ける)

大陸縦断を折り返して今度は北上。
チリのサンティアゴへ!
しかし南米はでかい!!!