—タイガとは人生そのもの—

薄暗く沈み始めたタイガの森に、家畜を追う遊牧民の呼び声と口笛が響いた。胃の奥に息をため、前歯と下唇の間から強く吹き出す細く鋭い音だ。ドドドド、と地面が震え、松の木立の間から白い群れが現れる。トナカイだ。雪解けでぬかるんだ道にひづめを扇のように大きく広げ、枝や倒木を巧みにかわしながらみるみる近づく。そして、目の前を一気に駆け抜けていった。
トゥバ族はロシアのトゥバ共和国にルーツを持ち、20世紀初頭の戦火を逃れてこの地に移り住んだ。冬にはマイナス50℃にも達するタイガの森で、オオカミなどの野生動物や環境の変化からトナカイを守り、先祖代々、遊牧の暮らしを続けている。

モンゴルの首都ウランバートルから森まで車で4日。麓からはトナカイに乗り換えて山を登る。この道が、トゥバ族のもとへたどり着く最短ルートで、春以外の季節はさらに時間がかかる。彼らは、トナカイの餌となるコケや飲料水となる雪を求め、少なくとも年に10回以上、ときには30回近くも移動を繰り返す。

しかし近年では、観光目的の飼育のために山を降りる遊牧民も増え、他民族と結婚する人も少なくない。トナカイと共に営んできた小さな文化は、いま、少しずつかたちを変えようとしている。変化の中で、伝統的な暮らしを守り続けている夫婦が、ナランフーとボロルだ。


「ウランバートルにも行ったことがありますが、車が多くて気持ち悪くなった。ここは空気が澄んでいるし、平和です」
ナランフーが広がる森に目をやった。

「わたしにとってタイガは人生そのもの。苦しいときがあっても後から考えれば幸せで、ここで生まれ育ったことに感謝しています。先祖から受け継いできたものだから、だいじに守らないと。タイガがないと、われわれの行く先もないんですよ」。そうして森を見つめ続けた。

通学を機に離れて過ごしてきた四人の子どもたちは、二人の生き方に触れながら育ち、その思いを自然と受け継ぐ。
「子どもたちに将来どうするかの選択は委ねたのですが、四人ともトナカイ遊牧民になると言ってくれています」
ボロルは淡々と、でも、どこか誇らしげにそう呟いた。

