Nomadic Steps

—茫漠の住みか—

男たちは、標高3,000mの峠を越 えたところだった。羊など1,000頭以上の家畜を連れている。150kmの道のりを移動しているのだという。眼前では、地平線が緩やかな弧を描く。地球の丸さを実感できる広大な大地だ。男たちは、山の斜面に横になり、たばこをふかし始めた。この大地がわが家だ、と言わんばかりに、ゆったりくつろいでいる。

モンゴル最西端のバヤン・ウルギー県は、北にロシア、南と西は中国に接する国境の地域だ。カザフスタンにも近い。氷河を抱く山脈が連なっている土地は極度に乾燥し、農作物は育ちにくい。県の人口の85%を占めるカザフ人の多くが、遊牧生活を送っている。
彼らは家畜の草を求め、年に4回住む場所を変える。厳冬期には暖かい村で暮らし、春前になると山を登り春営地に移る。夏になるとさらに山奥へ移動。それから秋営地に向かう。それぞれの場所には簡素な小屋が建ててあり、家具一式も備わっている。
とくに春の移動は難渋する。雪もかなり残っているし、家畜も痩せているから、気を使うのだ。移動は2月20日ごろから始まり、およそ一か月で終えなければならない。3月後半は家畜の出産時期で、カザフの正月にも当たる。

ルート上には村ごとにコス(宿泊所)が設けられ、無料で使える。場所によっては、管理人のほかに獣医、役人などが国から派遣されてくる。みんなで荷をほどき、役所から配給された餌を家畜に与える。風雪が強いときには半月も足止めを食らうこともあるので、コスの存在は欠かせない。
さらに国から派遣された作業員たちが、除雪と雪崩を食い止める壁などを作り、ルートを確保する。遊牧という暮らしは、家族や隣人の助け合いがなければ成り立たない。そして、そういう営みを国がしっかり支えているのだ。

春営地のダヤン湖には、3つの村から約2,000世帯が集まる。到着したばかりの家族が総出で雪かきをしていた。子どもも立派な働き手だ。


ある小屋で、老人がスーテーツァイ(ミルクと塩の茶)をすすっていた。彼は国から〝英雄遊牧民〟として表彰された人物だという。
「もう少ししたら雪の下から新しい草が生えてきますからね。まだほかに食べられていない草が。家畜たちはこれが大好きなんです」

夜間にはマイナス45℃にまで気温が下がる。それでもこの地にやって来る。彼らにとって家畜が第一だからだ。肉から乳、そして毛まで、すべての生きる糧は家畜によって生み出されるのだ。
「家畜は〝工場〟のようなものです。われわれにとってはね。だから、一頭も死なせてはいけない」
老人は、そうやって頭数を増やし続けてきた。国に家畜を寄付し、貧しい人々を助け、やがて英雄となった。秋の移動時に再度ここに立ち寄り、草刈りをして小屋に保管してから、冬の住居に向かうという。次の春に来たときに、すぐに餌をやるためだ。老人は長い人生を、家畜とともに歩いてきた。
「家畜のために、住居を変えるのがほんとうの遊牧民ですよ」
老人の物言いは、あくまで柔らかい。ところで、と彼は問う。
「あなたはどんな家畜を飼っているのですか?」


ダヤン湖の氷に穴をうがち魚を釣る男と出会った。小学校3年生で学校をやめて遊牧民になったという。50歳。一度は遊牧の暮らしから離れたが、結局戻ってきた。
「これでじゅうぶんだろう」
男はまばらに木の生えた雪の丘を見つめながら、ぽつりと言った。今の暮らしに満足している、という意味のようだ。ここなら、思うさま生きられる。大地が家なのだ。

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