—均衡の山—

山腹の耕地を四人の男女が耕していた。深く腰を折り曲げ黙々と鍬を振り下ろす。ふと、一人が上体を起こし、谷の向こうの山並みを眺めた。呼吸を整えているようだ。50歳くらいの女性だが、あるいはもっと若いのかもしれない。標高3,000mのヒマラヤの山中だ。
彼らモンパ族は高地の農業にたけている。10月中旬に麦の種をまき、2月の収穫を待つ。数か月土地をねかせてから、5月にアワやトウモロコシの種をまく。収穫は8月だ。それから実を取ったアワの穂に土をかぶせ、麦の時期まで土を休ませるのだ。
冬の訪れは早い。10月には雪が降る。4人は手早く麦の種をまくと、次の畑へと急いだ。仲間の畑から畑へ。作業は共同のようだ。縦一列になって狭い谷の道を下っていった。


アルナーチャル・プラデーシュ州はインドの最北東部に当たり、広さは北海道ほどだ。中国との国境にそびえるヒマラヤ山脈のすぐ南側で、場所によっては標高4,000mに達するが、季節風の影響で案外緑が多い。が、訪れる者はほとんどいない。中国とインドの国境紛争地帯だからだ。インド人でも許可がないと入れない。
「平野も熱帯も雪山もあるんだ」
土地の男が言った。確かに車で移動していると、景色の変化がめまぐるしい。広大な水田地帯から、いつのまにかジャングルに突入している。1,000m付近まではバナナやパイナップルが多い。沿道の売店に並ぶ野菜や果物も種類が豊富だ。さらに登る。少しずつ針葉樹が顔を出し、2,000m付近では高地でも育つ農作物が現れだした。リンゴやキウイだ。寒くて乾燥した3,000m付近では、アワやトウモロコシになる。それぞれの土地で主食が異なるが、多彩なのは食文化だけではない。アルナーチャルは、〝1km進むごとに民族が変わる〟と言われるくらい、まれに見る多民族地帯なのだ。大きく25の民族があるが、同族でも住む土地が違えば言葉の発音や衣装、家の造りまで異なる。宗教も多彩だ。東部には上座部仏教徒、中央部にはクリスチャン、西部にはチベット仏教徒が多いが、太陽と月の神ドニー・ポロを信仰する少数民族もいるし、複数の宗教が混じり合っている場合もある。チベット仏教徒の一家が営む食堂に、ヒンズー教の神様の絵が飾られていたりする。店主に理由を聞くと、「仏教徒だけど、ヒンズーの神々も信仰する」などと平然と答える。


標高4,200mの峠で一二歳の少年に出会った。モンパ族の女性が切り盛りする小さな売店で、ネパール系民族の彼は店番をしていた。聞けば、出稼ぎに行っている父親に代わって女性が少年を育ててくれているという。民族の違いは小さくはないが、隣人と助け合えないほどそれは大きなものではないようだ。
「父さんが恋しい」。そう言う少年は、店を手伝いながら売買の勉強をしていた。
この地の人々はうわさ話が好きだし、めんどうなしがらみもある。我慢をしないから、派手にけんかもするが、決定的な対立にはならない。ものの見方がシンプルなのだ。そもそも生まれたときから、彼らは民族や宗教が込み入ったなかで暮らしている。異なる価値観を有する隣人がいるのが、日常なのだ。だから、「なぜうまくやれているのか」などという外国人の質問が不思議でならない。土地の男が、戸惑いながら、こう答えた。
「わたしらは自然の恩恵を受け、平和を愛している。日の出前からよく働き、日が暮れれば家に帰って夕飯食って寝る。そこに民族も宗教もない。みんな同じだよ」

